書体
15543
page-template-default,page,page-id-15543,bridge-core-2.1.7,ajax_fade,page_not_loaded,,qode-title-hidden,qode-theme-ver-20.4,qode-theme-bridge,disabled_footer_top,qode_header_in_grid,wpb-js-composer js-comp-ver-6.1,vc_responsive

書道書体の説明

本院では、書を学ぶ上でこの「古典」を臨書(手本として学ぶこと)することを第一義として、運筆法や見方・捉え方などの習得を目指して指南しております。

style-kaisho

楷書

隷書の波勢を排除して、点画をはっきり区切って直線的に書く書体を「楷書」と呼んでいます。いわゆる現代の正書体です。興味深いことは、時代の要求や世相を反映しながら書の表現も変化していくことです。例えば、唐の時代には厳格な律令制度に伴って寸分狂わぬ美しい「楷書」が流行しましたが、宋や明清時代には前の時代の反動を受けて自由奔放な書風が席巻しました。数多くの人の手を渡りながら、そして時代の風を存分に浴びながらそれぞれの書体・書風が発展し、それぞれに魅力的な名蹟が生まれました。これらの名蹟を書では「古典」と称し、書表現を学ぶ礎として学んでいます。

style-gyosho

行書

「行書」も、草書と同じように隷書の早書きから生まれました。草書に比べて読みやすい程度の平易なくずし方で書かれた書体で、書の名品も数多く残っています。書聖と仰がれた王羲之は、行書の尺牘(手紙)を多く遺しています。彼の書は、文意によって書きぶりに微妙な変化が見られ、自己表現として書風に自己の感情を盛り込んだ最初の人物とされています。このように中国では古くから書の巧拙が教養の一部であるとされ、能書家を敬慕し、その書を懸命に習うという文化が根付いていきます。

style-sosho

草書

三国時代や南北朝時代になると、隷書の早書きとして「草書」が生まれます。煩雑な漢字を限りなく簡略化した書体で、これを判読するには「くずし方」を知らなければなりません。速記性が重視された書体であり、この流動性こそが草書の魅力です。筆蹟を辿りながら、筆者の運筆のリズムや呼吸を汲み取っていくのです。

style-reisho

隷書

漢代に入ると、政治や言語活動も成熟し、文字の種類や分量が格段に増えていきます。これに応じて用いられる書体も速記性が求められ、曲線的な小篆から直線を基調とする「隷書」が誕生しました。儒教の祖先を顕彰する教えも影響して、故人の頌徳碑が多く建てられ、ここに謹厳なる八分隷が好まれ使用されました。文字を記す対象が石から木や竹の札に変化して、さらには紙の発明により墨書された肉筆が多く遺されるようになります。

style-tensho

篆書

漢字の起源は、紀元前16世紀ごろに遡ります。殷代に、物事を象形的・図象的に表して、亀の腹甲や牛などの肩甲骨に刃物で刻された甲骨文字から始まります。その後、青銅器に鋳込まれた金文、石に刻された大篆、小篆と、その時代の要求に従って漢字は変化してきました。これらの古代文字は、その後に多くが篆刻(石に文字を刻し印鑑として使用すること)で用いられた書体であるため、総称して「篆書」と呼ばれるようになりました。

style-kana

仮名

平安時代の王朝文化や和歌の流行とともに「仮名」は発展しました。草書をさらに簡略化して誕生した仮名文字は、日本独自の簡素で流麗な美の結晶といえるでしょう。次へ次へと走る連綿の筆致は、行の流れを際立たせて美しい景色を紙面に演出して、観る人を魅了します。小筆の扱い方から端正な字姿、しなやかで流麗な線条を学んでいきます。